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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5103号 判決

平和相互銀行

事実

原告は昭和二十八年十一月十八日設立登記、同三十三年破産宣告を受けた株式会社三栄商事の破産管財人である。ところで右破産会社は昭和三十二年七月中二通の不渡手形を出したが、振込銀行の申出によつて東京手形交換所は同年七月十一日第一回特殊不渡報告をなし、更に同月十七日第二回特殊不渡報告をした上、同月十八日取引停止報告をすると共に、右各報告書は何れも同交換所加盟銀行及び関係金融機関に配付されたから、被告平和相互銀行にあつても遅くとも同月十一日以降は破産会社の支払停止を十分に知つていた筈であるのに、破産会社がかねて同銀行と締結していた日掛相互掛金契約に基く掛金合計三十九万円を受領した。よつて原告は破産法第七十二条第二項により破産財団のため右破産会社の弁済を否認し、被告に対し金三十九万円及びこれに対する支払済までの遅延損害金の支払を求める、と主張した。

被告株式会社平和相互銀行は、東京手形交換所の第一、二回特殊不渡報告及び取引停止報告があつたことは認めるが、被告は当時これを知らなかつたものである。従つて、被告がこれを知らなかつたことに過失があるとしても、破産会社との日掛相互掛金契約に基き掛金合計三十九万円を徴収したことにつき被告には悪意がない。しかも右掛金は破産会社が滞納したため、連帯保証人古谷喜平から徴収したものであると、抗争した。

理由

原告は、本件掛金はすべて破産会社が破産に支払つたものである旨主張し、一方被告破産会社の連帯保証人古谷喜平からすべてこれを徴収したといつて争うので、この点について判断するのに、証拠によれば、古谷喜平は大田区仲蒲田で菓子小売商を営むうち、同町内に居住する高井松太郎(破産会社の元代表者)と親交を重ね、同人に当時自己が融資を受けていた被告を紹介し、破産会社が被告との間に日掛相互掛金契約を締結するにあたり、古谷は高井松太郎と共にその連帯保証をするに至つたことが認められる。ところで証人古谷喜平の証人中には、原告本人との次のような問答がある。すなわち、「貴方(古谷喜平)は三栄商事(破産会社)の保証について被告銀行にいくら支払つたか。」「三十一、二万円だと思う。」「貴方の立替金三十二万円位についてこれを請求したことがあるか。」「私は高井松太郎に惚れこみ、同人を信用しているので強いて請求はしないが、昭和三十三年十月頃同人に何れ整理しようと話してある。」、「今日裁判所に来るとき電車の中で高井松太郎に請求しなかつたか。」「請求しない。」、「私(原告本人)が昭和三十三年五月十三日頃貴方に電話したとき、貴方は三栄商事の債務は自分には一銭も迷惑はかかつていない、と返事したことはないか。」「電話がかかつたことは記憶しているが、はつきりしたことは憶えていない。」、「その電話に対して貴方は何と返事したか。」「電話は誰からかかつてくるかわからないから、他人の名を傷けるようなことがないように一応答えている。」、「では貴方は私の問い合せに対して事実に反する返答をしたことになるのか。」「事実に反してではなく、電話による問合せに対しては他人の名を傷けるようなことをしないのが、私の日頃の信条である。本人が来て名刺でも出せば別であるが。」との問答部分があつて、仮りに古谷が自ら本件掛金を支払つたとすれば、特段の事由がない限り、商人である古谷がそれを帳簿等に明記しておくのが通例と考えられるところ、右証言によれば、古谷は自己の支払金額すら明確になし得ず、帳簿の記載等による資料の存在についても何ら触れるところがない。また、古谷は昭和三十二年十月十七日十万八千円、同年十二月三日金十万八千円、同三十三年三月十五日金十八万円を夫々被告銀行から融資を受けていることが認められる。このことと古谷に対する昭和三十二年度の事業税課税標準額が金二十万四千円であることとを併せ考えれば、古谷には昭和三十二年八月から同三十三年三月に至る約七カ月間に合計三十数万円を被告に支払うに十分な資力はなかつたと認めるのが相当でり、従つて同人が連帯保証人の責任において本件掛金を支払つたものは到底解せられない。

これに反し、本件掛金のうち金七万八千余円は小切手八通をもつて支払われているところ、そのうち五通は何れも第三者の振出にかかり、その裏面に「破産会社取締役社長高井松太郎」との記名捺印(取締役印のみのものを含む。)、「高井松太郎」との署名ないし単なる「高井」との捺印がされており、また、昭和三十三年四月二十二日高井松太郎は原告事務所において原告に対し、「破産会社が、自己振出の手形が不渡りとなつて以後、第一相互銀行、平和相互銀行、都民銀行及日本相互銀行に支払つた弁済金、掛金等はすべて破産会社の金である。」と述べたことが夫々認められる。

このように見てくると、本件掛金三十九万円については、被告はすべてこれを破産会社自身から支払いを受けたものと認めるのが相当であつて、従つて、仮りに被告が主張するように右掛金の現実の授受が被告と古谷との間になされたとしても、それは古谷が破産会社の機関として、単なる支払行為のみを担当したに過ぎないものというべきである。

ところで被告は、東京手形交換所の前記第一、二回特殊不渡報告及び取引停止報告を知らなかつたというのであるが、証拠によれば、被告は同交換所の加盟銀行であり、右報告書は何れも当時被告のもとに配付されたことが認められるところ、凡そ銀行その他の金融機関では自己の取引先の信用状態を注視し、その調査を怠ることはなく、況んや手形交換所からの報告を等閑視するようなことは考えられないし、被告にあつてもその例外たり得ないと解せられるから、特段の事情の認められない本件においても、被告は右各報告を十分了知していたと認めるのが相当であろう。従つて、かかる報告があつたにも拘らず、これを知らなかつたといい而も知らなかつたことに過失があるとしても悪意はない、との被告の主張は到底許されない。

以上のとおりであるから、被告は破産会社の支払停止を知りながら、破産会社から本件掛金三十九万円の弁済を受けたことになり、破産法第七十二条第二号によつて右弁済は破産財団のために否認されるべきであるとして原告の本訴請求を正当と認容した。

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